東京高等裁判所 平成元年(行ケ)76号 判決 1992年10月13日
岡山県備前市浦伊部一一七五番地
原告
九州耐火煉瓦株式会社
右代表者代表取締役
矢川敬一
右訴訟代理人弁護士
鎌田隆
同
柴由美子
同弁理士
和田昭
東京都千代田区霞が関三丁目四番三号
被告
特許庁長官 麻生渡
右指定代理人
松浦弘三
同
植野浩志
同
加藤公清
同
田辺秀三
主文
特許庁が昭和五八年審判第一〇〇六〇号事件について平成元年二月九日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
主文と同旨の判決
二 請求の趣旨に対する答弁
「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決
第二 請求の原因
一 特許庁における手続の経緯
原告は、名称を「カーボン含有不焼成耐火れんが」とする発明(以下「本願発明」という。)について、昭和五四年二月九日、特許出願をしたところ、右出願は昭和五五年八月一九日、出願公開となったが、同五八年二月二八日、拒絶査定を受けたため、同年五月六日、審判を請求した。特許庁は、右請求を同年審判第一〇〇六〇号事件として審理した結果、平成元年二月九日、右請求は成り立たない、とする審決をした。
二 本願発明の要旨
「実質的に一重量%以上のカーボンを含有する塩基性耐火れんが素材八四~九八・五重量%にアルミニウム粉末、マグネシウム粉末の夫々単独またはその混合粉末一~一〇重量%とシリコン粉末〇・五~六重量%を含有させ、シリコン粉末の添加比率がアルミニウム粉末または/およびマグネシウム粉末一に対して重量比で〇・二~一・〇であることを特徴とするカーボン含有不焼成耐火れんが。」
三 審決の理由の要点
1 本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。
2 引用例(特開昭五三-一二三四一七号公報)には、「Si一微粉AとA1微粉Bとを重量比でA/B=五~四〇/五~八〇なる割合で混合した混合物に、耐火性原料を配合した耐火材料。」が記載されている(特許請求の範囲)外に、耐火性原料としてアルミナ及びカーボンを用いること(第二頁第1表)、及び「低温で強度を充分発現し耐食性、耐磨耗性に優れた吹付剤又は補修剤に用いる」こと(第一頁右下欄八、九行)、が記載されている。
3 両発明を対比すると、以下の一致点と相違点がある。
(一) 一致点
引用例に記載された吹付剤又は補修剤に用いられる耐火材料を、不焼成耐火れんがに成形することは、吹付剤又は補修剤の通常の使用の態様であるから、本願発明の不焼成耐火れんがと引用例に記載された吹付剤又は補修剤に用いられる耐火材料とは、実質的に用途が相違するものではない(一致点<1>)。
また、耐火れんが素材、カーボン、アルミニウム粉末、シリコン粉末の配合割合も実質的に一致する(一致点<2>)。
(二) 相違点
耐火れんが素材として、本願発明では塩基性のものを用いるのに対し、引用例記載のものにおいては、アルミナを用いる点で相違する。
4 相違点について判断すると、耐火れんが素材として、マグネシア等の塩基性のものは、本願の出願当初の明細書でアルミナと同等なものとして記載されているように、アルミナと同等に用い得るものであるし、また、塩基性のものを用いることにより格別の効果を奏するものと認められないから、本願発明では、耐火れんが素材として塩基性のものを用いるようにする点に格別の発明力を要したものとはいえない。
5 したがって、本願発明は、引用例に記載された事項に基づき、当業者が容易に発明することができたものと認められるから、特許法二九条二項により特許を受けることができない。
四 審決の取消事由
審決の理由の要点1、2及び3(二)は認める。同3(一)及び4、5は争う。審決は、本願発明及び引用例記載の技術内容の把握を誤り、本願発明と引用発明の一致点の判断及び相違点の判断を誤るとともに本願発明の顕著な作用効果を看過し、ひいては本願発明の進歩性の判断を誤ったものであるから、違法であり、取消しを免れない。
1 一致点<1>の判断の誤り(取消事由(1))
審決は、引用例記載の吹付剤又は補修剤に用いられる耐火材料を、不焼成耐火れんがに成形することは、その通常の使用の態様であるとし、本願発明の不焼成耐火れんがと引用例記載の吹付剤又は補修剤に用いられる耐火材料とは、実質的に用途が相違するものではないとする。しかし、右認定判断は以下に述べるように誤っている。
一般的にみると、築炉用構造材料として使用される定型耐火物である耐火れんがは、転炉の基本的な構造材料であることから、補修用吹付剤に比べ、強度において一〇倍以上、気孔率において四分の一程度を要するなど、使用態様及び目的を異にする不定形耐火物である補修用吹付剤とは技術的考え方において、基本的に相違するものである。このため、一般的にみて、補修用吹付材と不焼成耐火れんがとの間の転用可能性は否定されるものである。
さらに、かかる転用可能性を本願発明と引用発明とに即してみてみると、本願発明においては、配合されているアルミニウム粉末及び/又はマグネシウム粉末が炭素成分と結合して当該金属の炭化物を形成することによって、炭素の酸化による一酸化炭素の生成が抑制され、残炭率は持続的に維持されるとともに、障害をもたらす気孔率の増大も阻止され、さらに、右炭素成分と結合してできる金属が形成される際の体積膨張により耐火れんが組織内の気孔が閉塞されることから、元来固く圧縮成形されていることと相まって、外部からの空気の流入と内部で生成した一酸化炭素の流出も阻止され、気孔率閉塞の効果(五パーセント前後程度)を充分に期待することができる。
これに対して、引用発明では、元来、圧縮成形されていないことから、気孔率が二〇パーセント前後と大きく、炭素成分を含有する実施例の場合においても、金属粉末の炭化物生成の際に生ずる体積膨張によっては気孔の閉塞は不可能であり、炭素成分の酸化防止は期待し得ないのである。引用発明は、気孔率の問題に技術的配慮を要しない不定形の補修用吹付剤であり、しかも、炭素成分の存在を必須の構成要件とするものでもないことからすると、炭素成分の酸化を阻止するためにアルミニウム粉末やマグネシウム粉末を添加するという技術思想はない。
したがって、補修用吹付剤に関する引用例記載の耐火材料を、本願発明の不焼成耐火性れんが素材に使用することが通常の使用態様であるとする審決の前記の認定判断は誤っている。
2 一致点<2>の判断の誤り(審決取消事由(2))
審決は、組成物の配合割合について、本願発明と引用発明とは実質的に一致するとしているが、右認定判断は以下に述べるように誤っている。
(1) 引用発明における数値限定は、当該技術内容の実体に比して余りにも広く、技術的には引用例とするに値しないものである。
引用例の特許請求の範囲に記載されたSi微粉AとA1微粉Bとの配合割合(割合の表示方法は、カーボン以外の基本的耐火性原料を一〇〇重量%とし、それ以外の配合物質の重量%配合量を加算する外掛方式による。)は、A/B=五~四〇/五~八〇(Aが五~四〇重量%に対し、Bが五~八〇重量%であることを表す。)であるから、その配合割合の下限値は〇・〇六二五(A/B=五/八〇)であり、上限値は八(A/B=四〇/五)であるところ、実施例における両者の配合割合はAが一〇~二〇重量%であるのに対し、Bは六~二〇重量%とされているから、その配合比率は、前記下限値及び上限値の範囲を著しく逸脱している。のみならず、前記の下限値と上限値の比は〇・〇六二五~八となり、実にその間には一二八倍もの殆ど技術的に無限定ともいうべき開きがあるところ、配合割合の微妙な相違によって作用効果が著しく異なることが認められている触媒や耐火材料等の技術分野においては、技術的に意義があるものとはいえない。したがって、引用発明の数値限定との対比は無意味というべきである。
(2) 本願発明の組成物配合割合は、耐火性原料の全配合量を一〇〇重量%とする内掛方式によっているところ、引用発明は前記のとおり外掛方式であるから、両者を対比するためにはいずれかの方式に統一する必要があるところ、引用例の特許請求の範囲には、Si微粉A及びA1微粉B以外の組成物の配合割合が規定されていないため、引用例の組成物を比較可能な数値に換算することはできない。したがって、両者を対比して論ずることは、不可能である。
もっとも、引用例二頁上段左欄第1表には全配合物質の配合量が記載されているので、これを内掛方式に換算すると別表1記載のとおりとなる。そこで、このうち引用発明の実施例である試料番号4~7(試料番号1~3は比較例である。)についてみると、この中には本願発明の特許請求の範囲記載の配合割合の条件を満たすものはない。
なお、審決は、配合割合について「実質的に一致する」としているが、その趣旨は耐火性組成物の分野においては、特定の配合量の組合せは、全体としてバランスのとれた一つの配合として技術的に完結した意義を有するものと理解すべきであり、厳格に解釈されなければならないから、両者の配合割合が具体的に一致することを要するものである。
(3) 配合割合の問題で特に重視しなければならない点は、引用例の各実施例においてはSi粉末の配合割合が内掛方式換算値で七・五七~一四・八重量%と本願発明の〇・五~六重量%に比較して格段に高い点である。本願発明においてSi粉末を所定量添加することの技術的意義は、アルミニウム粉末及び/又はマグネシウム粉末を添加することに伴う弊害を回避するためである。すなわち、アルミニウム粉末又はマグネシウム粉末が炭素成分と結合して形成するAl4C3又はMgC2が水分と接触して生ずる水和反応の進行による耐火れんが組織の劣化及びそれに伴う崩壊をSiを添加することにより水和反応の進行を阻止して、右問題点の発生を防止することが可能となる点にある(甲第三号証六頁二行~一六行)。
しかし、Siを過剰に添加した場合には、過剰に添加されたSiは耐火れんが表面付近において、MgO・SiO2やCaO・SiO2となって溶鋼やスラグ中に溶出し、気孔率の増大をもたらすのみならず、耐火れんがが化学的に侵食される原因となる。そこで、本願発明においては、Siの添加量を〇・五~六重量%と規定したところである。
これに対し、引用発明におけるSi添加の目的は、専ら強度の向上等にあり、本願発明における水和反応の防止という技術思想はないし、前項に述べたように、そもそも、引用発明は一時的かつ局所的な補修用吹付剤に関する技術であるから、そこにおいては気孔率の問題は意識すらされていないのであるから、そこにはSiの配合割合を厳密に規定するといった技術思想はない。
3 相違点に対する判断の誤り(審決取消事由(3))
審決は、本願発明と引用発明の相違点に関し、耐火れんが素材として、マグネシア等の塩基性のものは、アルミナと同等に用い得るものであるし、また、塩基性のものを用いることにより格別の効果を奏するものとは認められないとし、本願発明において、塩基性の耐火れんが素材を用いた点に格別の発明力を要したものとはいえないとした。しかし、右認定判断は以下に述べるように誤っている。
(1) 本願発明において、炭素を含有する耐火れんが素材を塩基性耐火れんが素材に限定した趣旨は、アルミニウム粉末及び/又はマグネシウム粉末を添加することの効果と相乗的に作用して、特に著しい固有の効果が実現されるところにある。すなわち、炭素含有の耐火れんが素材にマグネシア等の塩基性素材を使用した場合には、実際の製鋼条件下(温度一六〇〇℃以上、製鋼雰囲気、一酸化炭素分圧で一気圧)において、次式に示す炭素の酸化反応及びマグネシアの還元反応、すなわちマグカーボン反応が生ずる。
2C + O2→2CO
2MgO → 2Mg+O2
2C+2MgO→ 2CO+2Mg
このため、耐火れんが素材中に含有されている炭素成分は酸化されて一酸化炭素ガスとなり、また、マグネシアは還元されてマグネシウムガスとなるため、耐火れんが組織内の開放気孔の増大を招くという問題がある。
これに対し、アルミニウム粉末又はマグネシウム粉末は、炭素成分が酸化を受け始める温度領域においては、先に炭素成分の反応しやすい末端基と結合し、炭化アルミニウム(Al4C3)又は炭化マグネシウム(MgC2)を形成して、炭素成分の酸化を阻止するため、気孔率の増大は防止される。加えて、前記過程において生成された炭化アルミニウム(Al4C3)又は炭化マグネシウム(MgC2)は、生成の際、適度の体積膨張を生ずるため、これが耐火れんが組織内に存在する気孔を閉塞する結果、耐火れんが組織の緻密化及び強度の増大等の効果をもたらす。のみならず、炭化アルミニウム(Al4C3)又は炭化マグネシウム(MgC2)の気孔閉塞作用により、マグカーボン反応によって生じた一酸化炭素の耐火れんが外への流出が阻止されるため、耐火れんがの内部においては一酸化炭素の分圧が上昇し、マグカーボン反応が抑制されるという効果が生ずる。
以上のように、炭素を含有した塩基性耐火れんが素材にアルミニウム粉末又はマグネシウム粉末を添加することによって、塩基性耐火れんが素材を用いた場合に生ずるマグカーボン反応を抑制することが可能となり、耐火れんが素材として塩基性物質を使用することが可能となったのである。
(2) 耐火れんが素材がアルミナ等の非塩基性物質である場合には、実際の製鋼条件下における温度では、炭素によるアルミナの還元反応は熱力学的に成立する余地がないため、マグカーボン反応は生じないから、アルミニウム粉末又はマグネシウム粉末を添加することによって生ずる前項に述べた効果もまた生じないことはいうまでもないところである。
したがって、耐火れんが素材に塩基性物質を使用した場合と非塩基性物質を使用した場合におけるアルミニウム粉末又はマグネシウム粉末の添加の技術的意義は、全く異なるのであり、両者を同一視することはできない。
(3) もっとも、炭素を含有する耐火れんが素材にアルミナを使用した場合でも、アルミニウム粉末又はマグネシウム粉末を添加することによって炭素成分の酸化阻止及び気孔率の増大阻止等の効果は、塩基性耐火れんが素材を使用した場合と同様に期待することができる。かかる意味から、本願発明の出願当初の明細書においては、アルミナに言及したものである。
しかし、本願発明は、マグネシア等の塩基性耐火れんが素材を使用した場合にのみ生ずるマグカーボン反応による耐火性れんがの気孔率の増大及び強度の低下という弱点を、アルミニウム粉末又はマグネシウム粉末を添加することによって防止し得ることを見いだした点に技術的意義がある。マグネシア等の塩基性耐火れんが素材とアルミナ等の非塩基性耐火れんが素材を同一視する審決の認定判断は、マグネシア等の塩基性耐火れんが素材を使用した場合に生ずるマグカーボン反応による耐火性れんがの気孔率の増大及び強度の低下という弱点を克服したという本願発明の奏する顕著な作用効果を看過した誤りを犯したことによるものであるから、違法である。
(4) 後記のとおり、被告は、本願明細書には、ドロマイト、カルシア等の塩基性物質がマグネシアと同等のものとして記載されているところ、カルシアの場合には、マグカーボン反応は二〇〇〇℃以下の温度条件においては生じないから、マグカーボン反応は本願発明の特有の効果ではないと主張する。しかし、右主張は失当である。
すなわち、まず、カルシアは極めて消化し易い物質であるため、カルシア・カーボン耐火れんがは、実際には存在しない。そこで、カルシアを使用した塩基性耐火物素材という場合には、必ずカルシアとマグネシアを併用するというのが技術常識であり、このことが当然の前提とされているものである。このように、カルシアを主要成分とするカーボン含有の塩基性耐火れんが素材という場合には、必ずマグネシアが存在しているのである。また、ドロマイトについてみると、MgO・CaOの化学式で示されるように、この場合にも常にマグネシアが存在しているのである。このように、カルシア、ドロマイトを主要成分とする場合にも、必ずマグネシアが存在するのであるから、そこにおいてはマグカーボン反応が起こることは不可避であるから、マグネシアについて述べたことがこの場合においても同様に当てはまることは明らかである。
第三 請求の原因に対する認否及び反論
一 請求の原因に対する認否
1 請求の原因一ないし三は認める。
2 同四は争う。
二 反論
1 取消事由(1)について
審決が、吹付剤又は補修剤として用いられる耐火材料を、不焼成耐火れんがに成形することは、「吹付剤又は補修剤の通常の使用の態様である」と認定したことに、違法はない。すなわち、
引用例には、「下記第1表に示す各種の耐火材料を、成形後還元焼成した場合の品質を第2表に示す。」とあり(二頁左上欄一ないし三行目)、右第2表欄外には、「成形圧 1000kg/cm2 並形 焼成温度 1300℃×10hrs」と記載されているところ、この記載は、引用例の耐火材料は、その使用態様上、所定形状に成形することによって、定形耐火れんがとしても用い得ることを示している。また、当業者間で周知の文献である「築炉用セラミック材料」には、「噴付け材はその化学組成と熱膨張率とを煉瓦のそれと適合させなければならない」との記載(五七八頁五、六行目、乙第二号証の三)があり、これによれば、吹付剤用耐火材料と不焼成耐火れんが用の材料がその基本的組成において共通するものであることが明らかである。さらに、乙第一号証「特許公報昭四四-一八七三八」の二頁左欄三、四行及び同欄八ないし一〇行には、それぞれ耐火物の製造に用いる「配合物はそのまま耐火モルタル、キヤスタブル耐火物、吹付用耐火物のような不定形耐火物として使用することができる。」、「この混練物を成形後、乾燥またはベーキングして不焼成成形耐火物として使用することも出来る。」と記載され、同一の化学組成を有する配合物を吹付剤又は補修剤用耐火物及び不焼成耐火れんがのいずれの素材としても使用できることが示されている。
原告は、築炉用構造材料として使用される定型耐火物である耐火れんがと不定形耐火物である補修用吹付剤とは、その技術的考え方において、基本的に相違すると主張する。しかし、前述したように、補修用吹付剤と不焼成耐火れんがは、その組成上基本的に共通するものであり、両者の相違は単なる使用態様上の問題にすぎないから、右主張は失当である。また、原告は、引用発明は、気孔率の問題に技術的配慮を要しない不定形の補修用吹付剤であり、炭素成分の存在を必須の構成要件とするものでもないことから、炭素成分の酸化を阻止するためにアルミニウム粉末やマグネシウム粉末を添加するという技術思想はないと主張する。しかし、引用例の耐火材料は本願発明と同様にその配合成分として、アルミニウム粉末、シリコン粉末を含み、後述するようにその添加量においても一致している上、その効果についても、「強度を充分に発現し耐食性、耐磨耗性に優れ」(引用例一頁右下欄八、九行)と記載され、これは本願発明の効果である、強度の増加、耐酸化性の向上、剥離現象の防止、組織の劣化の防止(甲第三号証、九頁一六行ないし一〇頁九行)と同等であるから、原告の前記主張は失当である。
2 取消事由(2)について
審決が、本願発明と引用発明における組成物の配合割合について、両者は実質的に一致するとした認定判断には、以下に述べるように誤りはない。
すなわち、両者の組成を比較検討すると、共に、カーボンを含有する耐火れんが素材にアルミニウム粉末及びシリコン粉末を含有する耐火材料である点において一致し、別表1に示すとおりその量的割合についてはシリコン粉末を除いて一致している。そして、シリコン粉末については、引用例では「Siを添加することによりカーボンボンドのみの場合に比べ曲げ強さが増し、更にAlを併せて添加することにより強度の増加が顕著となる。即ちSi添加による強度発現はSiと配合中の炭素との気相反応によるβ-SiC生成によるものであるが、五〇kg/cm2以上の曲げ強さを得るには五重量%以上の添加が必要である。」と記載(二頁左下欄二ないし八行)されており、右記載の数値を内掛方式の値に換算すれば、本願発明のシリコン粉末の配合割合と一致する。したがって、本願発明と引用発明とは、その組成物の配合割合が実質的に一致しているものであるから、審決の前記認定判断に誤りはない。
原告は、引用発明における数値限定は、当該技術内容の実体に比して余りにも広く、技術的には引用例とするに値しないと主張するが、数値限定の範囲が広範囲であるからといって、右数値範囲全体に意味がないとすることはできないし、引用発明が実施例に限定されるべきものでもないから、右主張は失当である。また、原告は、引用発明の配合割合は外掛方式で表されているから、両者を対比するためには、いずれかに換算統一する必要があるが、これは不可能であると主張する。しかし、引用例の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明を総合的に判断すれば、関係数値の比較検討が可能であることは、前述したとおりであるから、右主張も失当である。さらに原告は、配合割合が「実質的に一致する」とは、耐火性組成物の分野においては、特定の配合量の組合せは、全体としてバランスのとれた一つの配合として技術的に完結した意義を有するものであるから、厳格に解釈されなければならず、両者の配合割合が具体的に一致することを要するものであると主張する。しかし、右主張は、本願発明及び引用例が「全体としての配合バランスを特に重視すべき分野」に該当することを示していないから、失当である。原告は、Si添加の目的について、引用発明におけるSi添加の目的は、専ら強度の向上等にあり、本願発明における水和反応の防止という技術思想はないと主張する。しかし、引用発明が本願発明と同等の効果を有することは前述したとおりであるし、引用発明にはSi粉末を五重量%添加することも記載されており、配合量においても一致するから、右主張も失当である。
3 取消事由(3)について
耐火れんが素材として、マグネシア等の塩基性のものは、アルミナと同等に用い得るものであるとし、塩基性のものを用いることにより格別の効果を奏するものと認められないとした審決の認定判断には、以下に述べるように誤りはない。
引用例一頁左下欄一八行ないし右下欄一行には、「補修材の材質は、補修する対象によりAl2O3-SiO2系MgO-CaO系又はMgO系等が使い分けられる」と記載されていることからすると、引用発明における具体例として、アルミナ系のものが用いられているが、これは一例であり、右の記載からみると、引用発明ではマグネシア系等の塩基性のものも対象としている(または対象とし得る)ことは明らかである。さらに、本願出願前から、炉材等の材料としては、マグネシア質れんが、クロマグ質れんが、マグクロ質れんが等の塩基性のものは、アルミナ質れんがと同等のものとして用いられているものである(乙第四ないし六号証参照)。
したがって、引用例に例示されているものから、塩基性耐火素材を選定したことは、当業者が適宜なし得るところであるから、審決の認定判断に誤りはない。
原告は、カーボン含有の不焼成耐火れんが素材が、マグネシアに代表される塩基性耐火物素材である場合と、非塩基性耐火物素材であるアルミナである場合とは、前者において、高温の製鋼条件下においてマグカーボン反応が生ずるため、耐火物が急激に損耗する点において基本的に異なるとし、本願発明においてアルミニウム粉末を添加するのは、塩基性耐火物素材に固有の前記反応を抑制するためであるから、両者を同等に用い得るとした審決の認定判断は誤っていると主張する。
しかし、そもそも本願発明の不焼成耐火れんがは、用途、使用条件が限定されているものではないから、その一用途(製鋼)、一条件(温度、圧力)下におけるマグカーボン反応の抑制効果をもって、本願発明の特有の効果であるとする原告の主張は妥当ではないというべきである。のみならず、本願明細書には、塩基性耐火物素材であるマグネシアに固有のマグカーボン反応の進行、及びそれに基づいて奏される効果については、何ら記載されていない。したがって、原告の前記主張は、明細書に基づかない主張であるから、失当である。
さらに、原告主張のマグカーボン反応は、マグネシアのみに特有の反応ではなく、以下に述べるように、アルミナにおいても生ずるものであるから、これがマグネシアに特有であるとする原告主張は誤りである。
すなわち、甲第一一号証六頁下から二四行ないし二一行(翻訳文五頁四ないし六行)においては、「Poc<1となるようないかなるプロセス(例えば、アルゴン・酸素精錬)において、反応の影響は著しいものとなる。」と記載され、一酸化炭素分圧が一気圧を下回る圧力下での製鋼を示しているところ、右気圧下でのアルミナとマグネシアの反応を生成自由エネルギーを基に検討してみると、VOD製鋼法における一酸化炭素分圧〇・一~〇・〇〇一気圧、温度が一五〇〇~一八〇〇度(これは製鋼温度領域である。乙第七号証二〇七八頁参照)の条件下では、次式の反応が進行するものである。
Al2O3+3C→2A1+3CO
したがって、アルミナにおいても、原告主張の製鋼条件下においてマグカーボン反応と同様の反応が生ずるのであるから、アルミナは、マグネシアと同等に用い得るものであり、マグカーボン反応のみが特異的であるとする原告主張は妥当ではない。
また、補正後の本願明細書によれば、本願発明の塩基性耐火材料としてはマグネシアの外にドロマイト、カルシア等の塩基性の酸化物を主成分とする耐火材料が使用される旨記載されている(甲第四号証参照)。この記載によれば、ドロマイト、カルシアがマグネシアと同等に用いられるものとして記載されているところ、マグカーボン反応は、以下に述べるようにカルシアを用いた場合には生じないから、原告主張の右反応が本願発明全体の特有の効果であるといえないことは明らかである。
別紙1図は、一酸化炭素(2CO)、カルシア(2CaO)及びマグネシア(2MgO)の標準自由エネルギーを示すものであり、この図によれば、一酸化炭素とカルシアの線は二〇〇〇℃までの温度範囲においては交差することなく、カルシアの線はマグネシア、一酸化炭素の線より常に下方に存在しているのであるから、二〇〇〇℃以下の温度範囲においては、カルシアはマグネシアより遙かに安定な物質であり、実際の製鋼条件においてカルシアとカーボンとの反応が生じにくいことを示しているものである。なお、カルシアが消化しやすい性質を有すること自体を争うものではない。
したがって、原告主張のマグカーボン反応の抑制効果は、本願発明に特有の効果とはいえないことは明らかである。
第四 証拠
証拠関係は本件記録中の書証目録記載のとおりである。
理由
一 請求原因一ないし三の事実は当事者間に争いがない。
二 本願発明の目的・構成・効果について
成立に争いのない甲第三号証(本願発明に係る昭和五八年六月三日付け手続補正書)及び同甲第四号証(昭和六三年二月一九日付け手続補正書、以下、両者を合わせて「本願明細書」という。)並びに同第一三号証(昭和五六年一〇月三一日耐火物技術協会発行「耐火物手帳(一九八一年版)」二五頁ないし三九頁)及び同第一四号証(「昭和三五年三月三〇日共立出版株式会社発行、化学大辞典編集委員会編「化学大辞典1」一〇八九頁)によれば、以下の事実が認められる。すなわち、
一般に、カーボン含有耐火れんがは、れんが製造時の熱処理温度や炉部材として使用した場合における炉の使用温度などの高熱条件下において、カーボンが酸化され、開放気孔が増加する。このため、耐火物層内に空気などの酸化性ガスが侵入しやすくなり、稼働面背面層が脱炭して脆弱となり、ガス流、溶鋼流、原料投入等による衝撃等により、右脆弱層が剥離して脱落するという問題点を有していた。また、開放気孔の増大は、スラグの浸透を招きやすく、スラグが浸透すると、緻密層を形成して、剥離するという欠陥を有していた。
カーボン含有耐火れんがの有するかかる欠陥を解決するために、従来、低融成分の添加による耐酸化性の向上が提案されていたが、この方法では、れんが自体の耐火度が低下するため、耐用性が著しく損なわれるという問題点があった。また、金属シリコンの使用等の改善方法が提案されてきたが、耐酸化性と熱間強度の両特性を同時に満足するものではなかった。
そこで、本願発明は、耐酸化性と熱間強度の両特性を同時に発揮するカーボン含有耐火れんがの開発を目的として、種々の添加物について検討したものである。本願発明においては、以下に詳述するように、カーボン質結合剤が炭素として構造的に不安定な状態で存在するような温度領域において活性を呈するような金属粉末、すなわち、アルミニウム粉末、マグネシウム粉末、シリコン粉末等を、特許請求の範囲記載のような割合で配合することによって、従来のカーボン含有耐火れんがの前述した欠陥を是正したものである。
すなわち、本願発明においては、炭素材料として、天然黒鉛、人造黒鉛等を、塩基性耐火材料として、マグネシア、ドロマイト、カルシア等を使用し、これに所定のアルミニウム又は/及びマグネシウムとシリコンの金属粉末を添加するものである。そして、本願明細書には、前記アルミニウム又は/及びマグネシウムの働きについて、「ある温度領域において、構造的に不安定な状態で存在している結合材中の炭素の活性点においてこの炭素と結合することによって、炭素と酸素との結合が阻止され、この結果、結合部の残炭率が大幅に向上する」、「炭素材料と反応して炭化物となる時の体積膨張によってれんがの気孔面積が減少し、その結果れんが組織が緻密となり、強度が増加して特に表層部ではスラグや溶鋼が侵入しにくくなる」と(甲第三号証五頁一一行ないし六頁一行)、また、シリコン粉末の添加については、アルミニウム又は/及びマグネシウムと炭素との右反応によって生じた炭化物が水分と接触して生ずる水和反応、すなわち「Al4C3+12H2O→3CH4+4Al(OH)3、MgC2+2H2O→Mg(OH)2+C2H2如き反応が進行し、亀裂が発生したり、崩壊するなどれんが組織が劣化するのである。・・・この水和反応は添加してあるシリコン粉末により防止することができ、良い結果が得られるのである。要するにこのシリコン粉末添加の目的は、炭化物の水和防止であってアルミニウムやマグネシウムなどの金属粉末と併用することにより得られる効果であり、従来のシリコンを単独で添加使用する場合の目的および効果である酸化防止とは明らかに異なる」(前掲三号証六頁二行ないし七頁二行)と、それぞれ記載されている。
しかして、本願発明のれんがのように、塩基性耐火材料を素材とするものは、塩基性スラグと高温で接触すると反応して侵食される非塩基性耐火材料を素材とするれんがに比し、高温において塩基性スラグには安定で塩基性スラグの生ずる溶融や加熱に適する特性を有するものであり、本願発明においては、本願発明の要旨記載の各金属粉末を添加することの相乗効果により、その熱間強度と耐酸化性を同時に向上させて、右特性を確保しようとするにある。
具体的には、本願発明の構成を採用することにより、<1>活性金属粉末の併用添加によって炭素質結合材の残炭率が向上し、強度が増加するとともに見掛気孔率が低下する、<2>活性金属粉末は中間温度領域において炭化物を生成して体積が膨張する結果、見掛気孔率がさらに低下して耐酸化性が大幅に向上する、<3>高温下において稼働面付近の炭化物は空気と反応して酸化物となり、さらに他の耐火材料と反応して酸化防止膜を形成し、これによって稼働面背面層の脱炭による強度の劣化を防ぎ剥離現象を防止する、<4>シリコン粉末を添加することによって炭化物の水和反応を防止して組織の劣化を防止することができる、等の効果が得られ、本願発明に係るれんがを実炉の内張りに使用した場合その耐用年数を大幅に延長することができることが認められ、他にこれを左右する証拠はない。
三 取消事由について
取消事由(3)は、耐火れんが素材として、本願発明の採択したマグネシア等の塩基性材料が非塩基性のアルミナと同等に用い得るものであり、塩基性耐火材料を用いることにより格別の効果を奏するものではないとする審決の相違点に対する判断の当否を争うものであるところ、前項に認定の本願発明の目的、構成、効果に照らすと、右争点は、本願発明の基本的性格に係わる争点であるということができるから、まず、この点から検討していくこととする。
1 原告は、本願発明において、炭素を含有する耐火れんが素材を塩基性耐火れんが素材に限定したのは、アルミニウム粉末及び/又はマグネシウム粉末を添加することにより、炭素の酸化反応及びマグネシアの還元反応、すなわちマグカーボン反応の発生を防止することが可能となるのに対し、アルミナ等の非塩基性耐火材料の場合には、かかる反応は生じないから、同等に用い得るものではないと主張するので、この点について検討することとする。
まず、被告は、原告のマグカーボン反応に関する主張は、補正の前後を通じて本願明細書に記載がないのみならず、本願明細書においてマグネシアと同等の塩基性耐火物として挙げられているカルシアにおいてはマグカーボン反応は生じないから、右反応の抑制効果は、本願発明の特有の効果とはいえないとし、さらに、本願発明においては、その用途及び耐火れんがの使用条件を限定するものではないところ、原告の右反応の抑制効果の主張は、一用途(製鋼)、一条件(温度、圧力)を前提とするものであるから、これを本願発明の効果ということはできず、いずれにしても原告の前記主張は失当であると主張する。
そこで最初に、前記の本願明細書に基づかない効果の主張であるとの点について検討するが、これに先立ち、原告主張のマグカーボン反応についてみておくこととする。
成立に争いのない甲第一一号証(「Ceramic Bulletin」 July 1971の「Carbon-MgO Reactions in BOF Refractories」)には、「転炉用耐火物における二種の主要成分、マグネシアおよびカーボンは、一六〇〇℃という製鋼条件では熱力学的に相容れないものである。転炉用耐火物において一五〇〇ないし一六〇〇℃の範囲で二時間保持すると重量減と強度低下が起こることが実験的に観測された。マグネシアの還元とカーボンの酸化は著しい微細構造の変化をもたらした。酸化条件が存在すると一六〇〇℃でMgOの緻密な不透性層がれんが中に生成し、一七五〇℃でれんが外部に大きなMgOの突出物を生じた。この分野ではこの自己破壊の機構はまだ観察されていないが、もし操業が高温下で行われるか減圧下で行われるとそれは重大な損耗機構と成り得る。」(訳文三行ないし一一行)との記載とこれを裏付ける各種の実験結果が示されていることが認められ、これによれば、マグカーボン反応、すなわち一六〇〇℃以上の製鋼条件下(右甲号証によれば、実際の製鋼温度は一六〇〇℃、同製鋼雰囲気はPco=約一atmとされている。)において、マグネシアの還元反応及びカーボンの酸化反応が進行する現象により、マグネシアとカーボンを含有する転炉用耐火物においては、重量減と強度低下の自己破壊の過程をたどるため、かかる条件下においては、主要な転炉用耐火物であるマグネシアとカーボンの共存は、自己破壊をもたらすものとして相容れないものであることは明らかである。
これに対し、本願明細書の記載について検討するに、確かに本願明細書中には、マグカーボン反応なる用語を用いて本願発明の効果を説明した記載が補正の前後を通じて見当たらないことは被告の指摘するとおりである。
ところで、適法に手続補正された本件においては、補正後の明細書を前提として被告の前記主張を検討すべきものであることはいうまでもないところであるから、これについてみるに、右補正後の明細書には、前記アルミニウム又は/及びマグネシウムの働きについて、「ある温度領域において、構造的に不安定な状態で存在している結合材中の炭素の活性点においてこの炭素と結合することによって、炭素と酸素との結合が阻止され、この結果、結合部の残炭率が大幅に向上する」、「炭素材料と反応して炭化物となる時の体積膨張によってれんがの気孔面積が減少し、その結果れんが組織が緻密となり、強度が増加して特に表層部ではスラグや溶鋼が侵入しにくくなる」との記載(甲第三号証五頁一一行ないし六頁一行)があることは前項に認定したとおりであるところ、マグカーボン反応なる用語それ自体は使用していないが、前記の本願出願前のマグカーボン反応に関する周知の技術的事項に照らせば、かかる記載は、不焼成耐火れんが素材中の含有炭素の酸化とマグネシアの還元反応、すなわち、マグカーボン反応の存在とその抑制効果に関するものと理解することが可能であることは右記載内容自体から明らかである。したがって、原告のマグカーボン反応に関する主張は本願明細書の記載に基づかないものであるとの被告主張は採用できない。
次に、本願発明において塩基性耐火材料の一つとされる前記カルシアはマグカーボン反応は生じないから、マグカーボン反応の抑制効果は、本願発明の奏する効果とはいえないとの主張について検討するに、前掲甲第四号証(昭和六三年二月一九日付け手続補正書)によれば、右手続補正により「塩基性耐火材料としてはマグネシア、ドロマイト、カルシア等の塩基性の酸化物を主成分とする耐火材料が使用される」との補正が行われたことが認められるところである。そこで、右手続補正により加えられた「カルシア」の意義について検討するに、前掲甲第一三号証(昭和五六年一〇月三一日耐火物技術協会発行、「耐火物手帳」(一九八一年版)二六頁)及び同第一四号証(昭和三五年三月三〇日共立出版発行、化学大辞典編集委員会編「化学大辞典1」一〇八九頁)並びに成立に争いのない同第一五号証(昭和三八年七月一日丸善株式会社発行「新版窯業辞典」二六頁)によれば、塩基性耐火物とは、マグネシア質耐火物(マグネシアレンガ、主要成分MgO)、マグネシアクロム質耐火物(MgO、Cr2O3等)、ドロマイト質耐火物(ドロマイトレンガ、MgO、CaO)、フォルステライトレンガ(Mg2SiO4)等をいい、いずれもマグネシアを含有するものであり、また、本願出願後に出版された前掲「耐火物手帳」にカーボン含有カルシアれんがの記載がないこと、いずれも成立に争いのない甲第一七ないし第二一号証によれば、炭素含有の塩基性耐火物においては、いずれもカルシアとマグネシアが併存して用いられている事実が認められること、さらにカルシアは極めて消化しやすい性質を有すること(この点は当事者間に争いがない。)等の事実からすると、前記の手続補正の認められた「カルシア」の意義は、単体としての塩基性耐火物ではなく、ドロマイトと同様にマグネシアと併存して用いられる成分を意味していると解するのが相当というべきである。
そうすると、本願明細書における塩基性耐火物としての「カルシア」は、マグネシアを含むものと解するのが相当であるから、被告の主張はマグネシアを含まないことを前提とする点において、その前提を誤るものであって、失当である。
さらに被告は、前記マグカーボン反応の抑制効果の主張は、一用途、一条件をもってするものであるから、本願発明の効果とはいえないと主張するので、この点について検討する。本願明細書には、本願発明の用途に関し「本発明のカーボン含有不焼成耐火れんがの用途としては特に限定しないが、電気炉のホットスポット部やスラグライン部、および精錬鍋のスラグライン部、溶鉱部や湯当り部などに使用した場合に良い結果が得られる。」(前掲甲第三号証五頁二行ないし六行、同甲第四号証による補正後のもの)、「本発明のカーボン含有不焼成耐火れんがは以上によって構成されるものであり、炉材として使用に供された場合すぐれた特性を発揮するものである。」(九頁一〇行ないし一三行)、「本発明のカーボン含有不焼成耐火れんがを実炉の内張りに使用した場合その耐用期間を大幅に延長させることができる」(一〇頁一〇行ないし一二行)との記載が認められる。かかる記載によれば、確かに「本発明のカーボン含有不焼成耐火れんがの用途としては特に限定しない」との記載はあるものの、その用途として具体的に例示されているところからすると、製鋼用の炉材をその中心的な用途としていることは明らかであり、前記記載部分を捕らえて、その用途が無限定であると解釈するのは相当ではないというべきである。そして、原告主張のマグカーボン反応が一般的な製鋼条件下で問題となり得る反応であることは後述するとおりであるから、被告のこの点に関する主張は採用し難いものといわざるを得ない。
2 ところで、本願発明が、アルミニウム粉末又は/及びマグネシウム粉末等を添加することにより、前記のような自己破壊現象をもたらすマグカーボン反応を抑制しようとするものであることは、前項に認定したところから、明らかというべきであるが、これに対し、被告は、かかる反応はアルミナにおいても生ずるものであるから、両者を同等に用い得るとした審決の判断に誤りはないと主張するので、進んで、この点について検討する。
被告は、前掲甲第一一号証に「Pco<1となるようないかなるプロセス(例えば、アルゴン・酸素精錬)においては反応の影響はいちじるしいものとなる。」(訳文五頁六、七行)との記載を手掛かりとして、VOD法におけるような減圧下での製鋼法においては、一酸化炭素分圧は〇・〇八六ないし〇・〇〇〇六六気圧となるところ、〇・一、〇・〇一、〇・〇〇一気圧、一五〇〇℃ないし一八〇〇℃でAl2O3()+3C()→2Al()+3CO()の反応が生ずるから、マグカーボン反応だけが特異的であるとはいえないと主張する。
成立に争いのない乙第七号証(片山裕之外四名「VOD法による極低炭素、低窒素ステンレス鋼の溶製条件について」)及び同甲第一六号証(昭和五四年丸善株式会社発行、社団法人日本鉄鋼協会編「鉄鋼便覧」第三版Ⅱ七一一、七一二頁)によれば、VOD法とは、高クロム溶鋼の仕上げ脱炭法であり、真空中の酸素吹錬により脱炭を行うもので、右方法において使用される取鍋耐火物は長時間最高一七〇〇℃付近の高温、減圧雰囲気に置かれる等のため、右耐火物の材質選定には特に留意する必要があるものとされ、かかる条件を満たすマグクロ質耐火物の必要条件として、マグネシアとクロム鉄鉱の結合組織が強固で、二次スピネルが緻密に晶出していること、化学的にみて低溶融物を構成するSiO2'CaOが少なく、Cr2O3/Fe2O3比が高いこと、物理的にみて熱間強度が高く、耐スポール性確保のために気孔率が適性であること等の条件を満たすものとして、その主要部分にはクロマグ系(Cr-Mg)及びマグクロ系(Mg-Cr)耐火物が用いられることが認められる。
以上によれば、VOD法は、真空中の酸素吹錬により脱炭を行うものであるから、被告主張のような減圧状態が生ずるものであるとしても、そこにおいては、前記のような要請を満たすクロマグ系(Cr-Mg)及びマグクロ系(Mg-Cr)耐火物が使用されるのであって、本願発明のカーボン含有の不焼成耐火物や引用例におけるアルミナ・カーボン系の耐火物が使用され得るとの証拠はないから、VOD法における右特殊な製鋼条件をアルミナとカーボンからなる耐火物に適用して、右各物質間にもマグカーボン反応と同様の反応が生ずるとする立論は、単なる机上の立論というほかなく、かかる例をもってマグカーボン反応が特異的ではないとすることはできない。したがって、この点に関する被告主張は採用できない。
3 被告は、本願出願前から、炉材等の材料としては、マグネシア質れんが、クロマグ質れんが、マグクロ質れんが等の塩基性のものは、アルミナ質れんがと同等のものとして用いられているものである(乙第四ないし六号証参照)とし、引用例に例示されているものから、塩基性耐火素材を選定したことは、当業者が適宜なし得るところであるから、審決の認定判断に誤りはないと主張する。
成立に争いのない乙第四号証(昭和四七年四月一〇日丸善株式会社発行、社団法人日本鉄鉱協会編「鉄鉱製造法」第一分冊六二〇頁)には、アーク炉の炉ぶたに高アルミナ質あるいは塩基性のれんが及び不定形耐火物が電極孔や集塵孔周囲に使用されるとの記載があり、成立に争いのない同第五号証(昭和四一年一二月二五日株式会社技報社発行、「窯業工学ハンドブック」(新版)一三五九頁)には、ドロマイト・マグネシア焼成炉及びセメント回転炉高温部では、高アルミナ質レンガ、クロマグ質レンガ、マグクロ質レンガが普通に使用されるとの記載があり、また、成立に争いのない同第六号証(昭和三〇年三月二五日社団法人窯業協会発行、吉井豊藤丸著「窯炉」(第二編)セメントを焼く窯三二頁)には、キルン用れんがの特徴として、「アメリカではAl2O3七〇%以上のものや不焼マグネシア煉瓦が使用されている。」との記載があることが認められ、確かにこれらの記載によれば、右各分野においては、マグネシア質れんががアルミナ質れんがと同等に用いられているものということができる。
しかしながら、これらはいずれも本願発明に係るれんがのようなカーボン含有れんがではないから、右記載から直ちにカーボン含有不焼成耐火れんがにおいてもマグネシアとアルミナが同等に使用できるものであるかは明らかではなく、かえって、本願出願の二年後に出版された「耐火物手帳(一九八一年版)」(前掲甲第一三号証)によれば、マグネシア・カーボンれんがは、「比較的新しく開発されたれんがの例」として、従来の塩基性れんがの欠点を大きく改良したものとして紹介されており、カーボン含有の効果は「<1> カーボンはスラグに対して濡れ難いため、スラグの侵入を抑える。<2> れんが内で発生するCOガス圧で、スラグの侵入が抑える。<3> れんが内でMgOが還元され、生成したMg蒸気が稼働面付近で再酸化され、MgOの緻密層を生成する。この緻密層がスラグの侵入を抑える。」(三八頁八行ないし一一行)点にあるとしていることが認められる。そして、主な耐火れんがの種類と用途を示した一覧表(三四、三五頁)によって、アルミナーカーボンれんがとマグネシアーカーボンれんがの各用途を対比してみると、両者が共通に使用可能な用途の記載はないことが認められるのであって、これらの事実からすると前掲乙号各証の前記各記載をもって、カーボン含有のアルミナ質れんがとカーボン含有のマグネシア質れんがが、同等に用い得るものとすることは困難というべきである。したがって、この点に関する被告の主張も採用できない。
4 被告は、引用例一頁左下欄一八行ないし右下欄一行には、「補修材の材質は、補修する対象によりAl2O3-SiO2系 MgO-CaO系又はMgO系等が使い分けられている」と記載されていることからすると、引用例においてはマグネシア系等の塩基性のものも対象としている(または対象とし得る)ことは明らかであるとして、審決のアルミナとマグネシアは同等に用い得るとした判断に誤りはないと主張する。
そこで引用例についてみると、被告指摘の箇所には「一般的に熱間補修はガンによる吹付けの形態が多くとられLD転炉、製鋼電気炉の吹付けは最も代表的なものである。補修材の材質は、補修する対象によりAl2O3-SiO2系MgO-CaO系又はMgO系等が使い分けられているがそのバインダー(焼結剤)は通常珪酸ソーダ又はリン酸塩類が多く使用されている。これらの吹付け材は基本的に酸化物系であるため例えばコークス炉炭化室壁等カーボンが表面に付着している炉壁に対してはなじみが悪く焼結しがたい。」(甲第五号証八七頁左欄下から四行ないし右欄六行)と記載されており、これによれば、従来の補修材においては、補修対象の性質に応じて、右に掲記した各種補修材が使用されているとの引用発明出願当時における補修剤に関する一般的な技術水準を述べたものであることは、右記載自体から明らかである。そして、引用例においてはアルミナとカーボンを含有する耐火材料にSi及びAlを混合した耐火材料のみが実施例として示されているものであり、マグネシアとカーボンを含有する耐火材料の具体的記載はない。
引用例の以上の記載からすると、前記の一般的な技術水準に関する記述(そこにおいては、本願発明に係るMgO-C系の記載がないことは前記記述から明らかである。)を根拠に、引用例においてマグネシア等の塩基性のものが排除されていないとして、マグネシアとカーボンからなる耐火材料が引用例に示唆されているとすることは、困難というべきである。このことは、もし被告主張のとおりであるならば、本願発明におけるマグネシア等の塩基性耐火材料は引用例おけるそれとの一致点として認定判断されるべきであるところ、審決においても、本願発明におけるマグネシアと引用例におけるアルミナの違いを相違点と認定判断していることからも明らかというべきである。したがって、この点に関する被告主張も採用できない。
5 以上述べたところによれば、引用例記載の炭素含有の耐火れんがの素材をアルミナ等の非塩基性耐火物質に代えて、マグネシア等の塩基性耐火物質を用いただけでは、炭素の酸化反応及びマグネシアの還元反応、すなわちマグカーボン反応が発生するためにこれを防止する必要があるが、本願発明は、アルミニウム粉末及び/又はマグネシウム粉末とシリコン粉末を特許請求の範囲記載の範囲に限定した重量%及び重量比で添加することにより右反応の発生を防止し、これにより、前記二認定に係る特性を有する塩基性耐火物質を素材とするカーボン含有不焼成耐火れんがを製造することができたものと認められる。他方、引用例には、耐火れんがの素材として、非塩基性物質に代えて塩基性物質を採択すること及びその際発生するマグカーボン反応を防止することに関する開示ないし示唆を見いだすことはできない。
したがって、取消事由(3)は理由があり、この点に関する審決の認定判断の誤りがその結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、その余の取消事由について判断するまでもなく、本願発明が特許法二九条二項に該当するとした審決の認定判断は誤っており、審決は違法として取消しを免れない。
四 よって、本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 濵崎浩一 裁判官 田中信義)
別表1
引用例第1表内掛方式換算結果(wt%)
<省略>
※ 見掛気孔率(%)の数値は、引用例第2表より転記
別紙図1
<省略>
図-1 実線は主としてCoughlin3)、Elliott and Gleiser4)によって総括されたデータにより、温度の関数として元素からいろいろな酸化物を生成する標印自由エネルギー(ギブスエネルギー)を示している。SiO2についての曲線はChipmanによって提出された新しいデータを基礎としている。細い長点-矩点曲線はそれぞれの変曲線上に印をつけたように気相の等酸素圧(気圧)線である。